としょとしょ

古代では、資料機能としては王権と宗教との結びつきが強かったため、王権と結びついた行政的・経済的文書や宗教と結びついた神話・王室の年代記、儀式書や暦、死者の書などが存在していた。エブラ遺跡ではさらに日常生活に含まれる様々な記録も残されていた。この頃のメディアは粘土板や石である。これらが保管されていた文書館・図書館は、利用しやすいように内容ごとに整理していた。古代ギリシアでは「知識人」の発達により彼らの知的欲求が図書館を作り出した。また知識の伝達は口承が重んじられてきたが、やがてパピルス等に書き写され、写本が流通していった。アレクサンドリア図書館では、資料の生産・再生産と保存が行われていた。資料収集のための文献購入や写本作りが活発であった。そして新しい情報の収集や提供等の学術図書館としての機能の原型も作り上げた。またこの頃、カリマコスによってピナケス(蔵書目録)という書誌が完成した。これが目録の始まりである。古代ローマのヘレニズム時代のギリシア思想に関する書物を高く評価して、写本として増やし、保存して利用できるように図書館の数が増やされた。また知識の集約と体系化も行われ、百科事典が誕生した。この頃の図書館は個人の蔵書によるものだったが、紀元2世紀には、一部の人々に限定されて図書館の公開が行われるようになった。キリスト教の図書館は、礼拝堂のコレクション、個人の蔵書、神学校の資料室という3つの働きがあった。パピルスの写本が痛みやすかったので、より保存のきく羊皮紙へと写本し直されるようになった。ローマ教皇の図書館は聖書や著作を保存していた。古代中国では、後世に残すべき真正なテキストをはっきりさせるため劉向によって図書の校訂と整理が行われた。そして真正なテキストにはタイトルと叙録をつけ、叙録を集めて別録が作られた。叙録をもとに七略という図書目録も作られた。
中世では、まだ写本によって本が作られていた。マアムーンでは知恵の館という呼び方をされた図書館で、哲学書や数学書、天文学書、医学書等が翻訳され、人々の学びが助けられた。ヨーロッパ中世では大学が誕生し、それにより教師と学生の学びのため図書が必要となり、写本業者が発展した。多くの場合、一冊の図書を分冊して借りて写す方法がとられた。ソルボンヌ学寮の図書館では1289年から図書を青見台鎖止めして禁帯出の図書と帯出用の図書の分離という ことが行われるようになった。そして蔵書は寄贈した人物名や日付または購入日が記載された目録が付けられるようになった。後にできた大学や学寮の図書館はこの禁帯出の方法を採用するようになる。中世中国では、唐で『郡書四部録』という目録が作られた。この随唐の時代では木板印刷が登場し定本の確定、標準字体(楷書)の整備が行われた。印刷によって多くの図書が出回るようになり、知識の伝播がなされた。

次に近世の図書館である。15世紀のヨーロッパでは、これまで写本だったものが活版印刷に変わっていった。これにより大量生産が可能になり、様々な分野で書誌(目録)が作られた。ゲスナーの『世界書誌』は有名で、記述目録の始まりである。書物について記述することが検索目録発展の基礎となった。そしてドイツを中心に大学図書館が発達した。17世紀のフランスではノーデという人物が学術的価値のある図書の収集を広く行い、その図書をもとに
マザラン図書館が作られた。ノーデはこの図書館を一般利用者へも公開した。ゲッチンゲン大学図書館においては主題目録が作られた。全ての主題が一定の場所で見つけりるので、あらゆる科学の普遍的体系がよく把握できるようになった。会員制図書館や貸本屋が現れたのもこの頃で、貸本屋では新聞や雑誌に新着図書情報を載せるといった報知機能がつくようになった。
近代の図書館は、国民国家=近代社会の成立により、国の文化制度を保障する措置としての役割を持つようになる。図書館の利用者は識字率の上昇に伴い飛躍的に増大した。そして、市民大学の登場により大学図書館も発展した。近代図書館の最大の特徴は近代公共図書館の登場にある。学校制度の拡充により読者の視野は拡大し、全世紀の私的な設書施設が公的な読書施設も生むことになった。アメリカの図書館協会は『ライブラリー・ジャーナル』という図書館雑誌を刊行し、図書館員の経験と発表の場としての使用や情報交流を可能にした。1876年には『十進分類法』がデューイによって作られ、より使いやすい分類法として広く採用された。また、ウスター公共図書館のグリーンによって、レファレンス・サービスの起源である人的援助のサービスが始まった。1887年には図書館学校が開設され、女性の図書館員増大にもなった。また中国でも、西洋から鉛活字印刷術が伝わり、機械での大量印刷が可能になった。中国で最初の公共図書館1903年に設立され、大学図書館は1902年の京師学堂が最も早くできたものだった。

考察
図書館司書はもともと男性だけがなっていたものであったというのは、男性が強い社会の傾向で女性の教養が男性より不十分であったという環境によるものだということは理解できる。しかしそれだけではなく、古代においてはメディアは石や粘土板であったことを考えると、その頃は力のある者が司書に向いていて、故に男性が本の管理を行っていたのではないかということも考えられた。
図書館の機能がこれだけ発達してきたのは、人間の学ぶ意欲が古来から変わらずずっと存在し続けているからなのだと推測できる。
そして、個人の学びのためだけではなく他者の学びも支援したいという個人の善意も図書館の歴史の中で感じられた。個人から図書館への図書の寄贈や、カーネギーによる公共図書館設立、女性司書教育等である。これらの善意による活動が、今日の我々の図書館の成立の一端を担っていたことは、誇るべき歴史であると考える。
一見関わりはあまり無いように思われたが、図書と宗教の繋がりは密接であった。その宗教の教えを広めるためには聖書やコーランといったものが、複数存在していなければならず、これらを写本するとなると想像を絶するほど途方もない作業であったことが考えられる。写本から印刷に変わるというメディアの変遷の中で、図書館の発展のみならず宗教活動の規模の拡大もなされてきたということが考えられた。
昔は個人の図書館の方が一般的であったが、現在は公共の図書館の方が多く存在していると感じる。現在でも個人的な図書館が存在しているのだろうかという点は気になったので、今後機会があれば調べてみたい。

参考文献
藤野幸雄著 『図書館史・総説』1999.勉誠出版株式会社
寺田光考.加藤三郎.村越貴代美著 『図書及び図書館史』1999.株式会社樹村房
モーリーン・サワ著.宮木陽子.小谷正子訳『本と図書館の歴史』2010.西村書店
小黒浩司編『図書・図書館史』2000.公益社団法人日本図書館協会