読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

愛とは、相応しい相手が見つかればひとりでに落ちていくようなものではなく、知識と努力とを必要とする技術である。
現代の人々の多くは、愛を成り立たせるのは対象であり技術ではないと思い込んでいる。決して愛を重要なものではないと考えているわけではないにもかかわらず、愛について何かを学ぶ必要があると考える人は少ない。
我々の多くがこのように誤った考えに至る理由は三つある。
第一に、現代の人々は愛という問題を愛するより愛されるものとして捉えているということである。ゆえに人々にとってはどのようにしたら愛されるのかということが問題で、そのためにあらゆる方法でこの目的を達成しようとする。
第二に、現代の人々は愛することの問題は能力ではなく、対象の問題だと考えていることである。この考えの中では、よい対象と出会うことが難しいのであって、出会うことさえできれば簡単にその人を愛することが出来るのである。このような思考に陥るのは、近代社会において、人々の愛するための対象の選び方に変化が起こったことや、購買欲や互いに得をする交換というものを重視する文化が、愛の関係にも反映されていることに起因する。
第三に、恋に落ちる最初の経験と愛の中にとどまっている状態とを混同してしまっていることである。二人の人が急に一つになるという愛し合った瞬間の激しい感情は長続きしない。この感情の激しさは単に、愛し合う前の孤独がどれ程であったかを示すだけである。
このような愛することを簡単だとする態度は、これを否定するいくつもの事実があるにも関わらず愛についての一般的な考えとして認識されてしまっている。何らかの活動で失敗したら、人はその原因や、上手くいく方法を探るであろう。それと同様に、愛の失敗においてもその原因を調べ、さらには愛の意味を学ぶことが必要である。そのために我々は愛が技術であると知るべきである。そしてその技術を習得するには、他の技術を習得する時と同様に、理論に精通することと、習練に励むこと、そして技術の習得に自分自身が最大の関心を持っていることが求められる。


ある授業で「愛とは何か」を学生同士で話し合った時、愛とは実在しないものだというような否定的な考えを挙げる人が多かった。このように考える人は、自分の愛の技術が足りないためにそのような考えに至る結果となっていることに気が付いておらず、本来素晴らしいものであるはずの愛を誤解してしまっているのだと考えられる。愛について絶望している人々に対して、本来の愛の持つ「人を幸福に導く力」を理解させるためにも、愛について学ぶことの重要性を何らかの形で多くの人に伝えることができなければ、愛に絶望する人の数は今後も増え続けていくのではないかと不安を感じた。
それから、愛について関心を持つことが大事だということは私自身の経験からも実にそうだと言える。私を含め、周囲で聞く最も多い愛の失敗の原因となっているものは相手に依存していることや自己中心的になっていることである。私は加藤諦三の『 がんばっているのに愛されない人』という本を読み、そこで愛におけるナルシシズムと依存心について知ったことでそのことに気付き、考え方を改めなければと感じた。こうした気付きのためにも、常に愛についての関心を持ち積極的に情報を取り入れようとする姿勢が大事である。


エーリッヒ・フロム
1900年にドイツのフランクフルト・アム・マインに生まれる。社会心理学精神分析学、哲学の研究者である。新フロイト派の代表的な存在とされている。1980年スイスのムラルトにて満79歳で死去。主な著作に『自由からの逃走 』、『 人間における自由』、『 正気の社会』、『 悪について』、『 生きるということ』等がある。