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申楽(猿楽)というものが能の起源である。
平安時代に申楽は、滑稽卑俗な物真似や問答等をして法会や祭礼の際の人を集めるための芸能であった。
能はまず散楽があり、散楽はそれが訛って申楽となった。そしてもう一つ農民の娯楽であった田舞があり、この時代は申楽の能と田楽の能の二つが存在していたのである。
鎌倉時代になると、やがてそれを職業とする集団が現れた。芸能職業集団である。その集団は「座」というものを結成した。「座」はその土地の有力な寺社に所属するようになった。
この時代にはまだ申楽と田楽があり、田楽の方を好む武将が多かったので田楽の方が盛んであったが、徐々に南北朝時代には申楽と田楽は内容が同じようになり本質的な違いがなくなっていった。
そして申楽でいうと「座」は大和申楽と近江申楽が有力であった。大和申楽は春日神社に属しており、近江申楽は日吉神社に属している。大和申楽は結崎、外山、円満井、坂戸の大和四座を総括しており、この中の結崎座から、観阿弥(観世清次)という名手が登場した。元弘3年生まれの観阿弥は猿楽の中に物語り芸である曲舞を取り入れ、写実的な能を作った。この観阿弥が今日の能の基礎を作った人物である。そしてその後の世阿弥と共に能を大成していった。
芸術的に高度に能を発展させた人が世阿弥である。生没年についてははっきりとした記録が残されておらず、貞治2年に生まれ嘉吉3年に亡くなったというのが通説である。世阿弥というのは観阿弥の子であり、夢幻能の大成者である。
能は大きく現在能と夢幻能の二つに分けられる。現在能というのはシテが現実の生きている人間のことであり。夢幻能ではシテが霊である。シテは主役、ワキは相手役を意味している。
世阿弥が作り出した夢幻能がどのようなものかというと、シテが前場では人間に化身して登場する。そして後場では本体の霊として登場し、舞いが中心である。そしてワキは旅人や僧などであり、シテが話す身の上話や伝説などの懐旧談を聞き、舞いなどを見る。これが夢幻能と言われるものである。前場後場の間には狂言が挟まれる。
世阿弥はこの能を作って大活躍し、時の将軍足利義満観阿弥の芸と世阿弥の美少年さと教養に魅了され絶大な庇護を与えていた。それまでの足利将軍は北条執権にならって田楽の方を好んでいたので、これは世阿弥にとって名誉だっただけではなく、申楽にとって記念すべきことであった。
しかし至徳元年5月に観阿弥が亡くなり、足利義満も応永15年に急死した。将軍が義持、義教と代替わりし、義持は父の義満への反発心があったためか田楽の増阿弥の方を支援した。義教は申楽を支援したが、世阿弥よりもその甥である音阿弥を好み贔屓した。このことによって世阿弥は立場的な不幸が重なり、没落していくこととなる。晩年には世阿弥は義教の怒りに触れ、70歳を超えてから佐渡に流されている。
世阿弥の業績を見てみると、これはあまりにも偉大である。世阿弥は能を作り、能を演じただけでなく能楽論を書いている。その代表作は、観阿弥の教えを自らの言葉に変えて書き上げた初めの能楽論書である『風姿花伝』である。
これは子孫のために書き残した秘伝書である。つまり公に全ての人に読んでもらおうとして書いたものではなく、自分の後を継ぐものに対して書き残した伝書なのである。風姿花伝は明治になってから見つかり、哲学や思想などの様々な人がこの風姿花伝をとりあげるようになる。
特徴的なのが「花」という理念である。
花というのは、時を得て咲くものであり、年中咲いているわけではない。そしてまた散るものである。ゆえに花なのである。そしてそれゆえに花はめづらしい。めづらしいとは新鮮に感じるという意味である。そしてめづらしいために「おもしろし」なのである。おもしろしとは愛でる、感動を与えるという意味である。したがって花とめづらしとおもしろしの三つは一つなのであると言っている。これが花の理念である。
能というのは同じようなものを同じように繰り返していけばよいというものではなく、同じ境地に停滞してはだめなのだという本質を、この花の理念を通して世阿弥は語っているのである。
そしてこの花を咲かせるためにいかにすればよいのかを丁寧に解いているのが花伝書になる。
世阿弥の後継者はその女婿である金春禅竹である。
室町時代後期は観世信光、観世長俊、金春禅鳳が活躍した。この時代の能は風流能といい、登場人物や見せ場が多かった。
近世には、能は江戸幕府の式楽とされ、以来270年間その命脈を保つ。また240曲ほどに曲目が整理され、この曲目は五番立という脇能、修羅物、鬘物、雑物、切能の5つに分類される。能の流派は様々あり、大和四座と呼ばれていたものが観世、宝生、金春、金剛と流派を形成し、近世初期に生まれた喜多という一流を合わせて江戸幕府はこれらを四座一流という制度の下に統括していた。江戸幕府が崩壊すると、能は将軍や大名の保護から外され、生活に困窮した者は能の衣装や小道具を日本に来た外国人に売ってしまうこともあった。しかし、衰退した能は明治の上流社会において再興され、現在では盛況をきたしている。

参考文献:
松田存著『能・狂言』.株式会社ぎょうせい.1990年
久保田淳編『日本文学史』.株式会社おうふう.1997年
高橋睦郎著『読みなおし日本文学史』.株式会社岩波書店.1998年
島津忠夫著『日本文学史を読むー万葉から現代小説までー』.世界思想社.1992年