ジェンダー

私たちの生活の中で身近に観察・経験できる性別規範のうち、男性稼ぎ主モデルの成立に寄与していると考えられるものは、女性は化粧をしなければならない、または華やかな格好が好ましいといった「女性は美しくなければならない」というものである。つまり、女性は美しさで価値が決まるという性別規範である。
女性は美しくなければならないという性別規範は、多くの女性たちの行動を構造化している。まず、化粧の問題に関しては女性の身だしなみの一つとされている。社会に出ると、職場の雰囲気に合った、華美でない化粧はマナーである。私が以前働いていたアルバイト先でも、アルバイトであっても社会に出て働くという点では社員と変わらないからマナーは同じであると、化粧がされているかどうかチェックされることがあった。当然これは女性だけに課されたマナーである。食品を扱う仕事であれば、''余計なもの''を顔に付けていることは衛生面への配慮や異物混入の危険性防止で避けられてもいいように考えられる。しかしホールで料理を運ぶ女性はほとんど化粧をするように教育され、あるいはしていても注意されることはない。女性は美しくなければならない、身を飾らなければならないものなので、化粧はするものだという規範が、我々の中の合理的な思考に勝る力を持っているともいえる。
そして、化粧はマナーと言われるほど欠かせないものになっているので、何もしていない状態でいるとまるで恥ずかしいことのように感じる習性も作られていった。化粧をしていない日はマスクで隠さなければならなかったり、親しい中でなければ化粧をしていない姿を見せられないという人は身近にも多く存在する。また、例えばニキビができた時、男性も気にはするだろうが、特になにか対処をすることは少ない。女性の場合はどうにかして消さなければと考える。化粧や薬、マスクや髪で隠したり、家に引きこもり人と会わないようにしたりする。これらの対応は女性に多くのストレスを与えている。恥ずかしいという気持ちや、隠さなければならない面倒くささ、時間もお金もかかり、他のやりたいことへも影響が出る。知識も必要である。どの化粧品が一番良いのか、雑誌や口コミ、実際に試すことで質の良いものを選び抜かなければならない。良いものを集めても、それを使う技術がなければならない。練習も必要となってくる。女性は美しくなければならないという規範は、もちろん顔のみ対象としているわけではなく、体の隅々まで対象となる。そのため、それぞれにコンプレックスがあり、先ほどと同じように時間やお金、知識、技術が求められる。こうしたニーズに合わせて、まつ毛エクステやアパレルブランド、ネイル、エステ、ヘアサロン、化粧品メーカー、脱毛、美容外科も発展していっている。
このようなことから、女性は好きだから見た目を美しくしなければならないと思っているわけでは必ずしもないといえる。女性の行為が見た目を気にするように構造化されているのは、女性は美しくなければならず、そうでなければ価値が低くなってしまうという性別規範があるせいなのである。
「美しくなる」という行為の構造化が男性稼ぎ主モデルの成立に寄与している理由は二つある。一つ目の理由は、男性の価値をお金の有無で判断する性別規範が生み出されるからである。男女がカップルになり、デートをすることになった時、女性はオシャレにお金がかかっているのだから、男性は女性が美しい姿でデートに来てくれたお礼にご飯を奢らなければならないという話をよく耳にする。これは女性が美しさを保つのにいくらかけたのかは関係なく、全くお金をかけていない場合でも適用されてしまう。奢る金額が高額か低額かも問わない。男性は女性にご飯を奢るものだという新たな性別規範が生まれてしまっているのである。これにより、男性はお金を稼いで女性を食べさせていくものだという概念が作られていく。また、男性は奢るためにお金を持っていなくてはいけないという意識が生まれる。女性から見た時、男性が奢ってくれる金額が大きければそれだけいい相手のように感じることがある。ご飯に限らず、良いものをプレゼントしてくれる相手は、美しくありたい女性を支えてくれる存在となり得る。ゆえに、お金によって男性の価値が決められる理由の一端がここで担われることになる。お金によって価値が決められるのであれば、男性は働くしかない。できる限り多く稼ごうと思えば、長時間労働が基本となっていく。男性の長時間労働によって女性が支えられる様子は、まさに男性稼ぎ主モデルそのものである。
二つ目の理由は、女性を安定した職に就きにくくさせるからである。美しくあるために必要な時間、環境がある職場は限られている。理想を追うほどに自然な姿ではいられなくなり、過度な装飾が欠かせなくなる。そうなると、顧客の信頼が大事な企業や教師や公務員といった仕事に相応しい身なりが求められる職は選択できなくなってしまう。望んでいる美しさが保てる職場は、芸能界や美容関係など、成功するかどうか不確かな不安定なところが多く感じる。満足な賃金が得られなければ、誰かに支えられなければ生きていくことができない。ゆえに、結婚し、男性を主な稼ぎ主として依存する生き方をしなければならなくなってしまう。
以上の二つの理由から、男性稼ぎ主モデルの成立に寄与していると考えられる性別規範に「女性は美しくなければならない」というものが挙げられる。

NACSIS-CAT

コンピュータを使った目録として、まずMARCができたが、これは目録を記録媒体や交換用媒体として利用できるようにしたにすぎなかった。目録が本質的に変わったのは共同分担目録ができてからである。共同分担目録は書誌ユーティリティという言い方もする。
分担目録にはNACSIS-CATというものがある。どのようなものかというと、まず、総合目録データベースがある。そこには図書書誌、図書所蔵、典拠ファイル、参加組織というデータがある。外部にこれを取り囲んで参照MARKがある。分担目録が他と共有するのは書誌レコードである。具体的には、分担目録によって書誌レコードを共有している図書館等は、図書資料を記録する際にまず総合目録の図書書誌に検索をして、そこに既にレコードが存在すれば所蔵登録のみで図書資料の記録作業は終了となる。総合目録にレコードが無い場合は、次に参照MARKを探すか、あるいは総合目録の中で似たようなデータを流用して入力する。どうしてもレコードが無い場合は、オリジナル入力をする。しかし日本語の資料や英語の資料はほとんど既にレコードが存在し、オリジナル入力をしなければならない時は稀である。
このような機能を持つ分担目録の利点は、まず一つ目に、各図書館の効率化が挙げられる。一つの図書館で書誌レコードを作れば後の図書館は所蔵登録をするだけでよいので、作業工程が大幅に削減できる。一度入力すれば何度も入力しなくていいようにできるのがコンピュータ処理の利点なので、これを徹底して利用できるようにしたところが分担目録の大きな成果である。
二つ目に、標準的な書誌レコードが流通されるようになったことである。各図書館は作業登録をしたらデータを自分の図書館にダウンロードする。これを各図書館はローカルなOPACとして利用することができるのである。これにより、全国的に共通の形式で作成されたデータが見ることができるので地域による認識の誤差や転居時の不便さがなくなることになる。
三つ目に、発見可能性の向上である。全国的な目録データを共有することによって、全国の図書館にどのようなデータがあるか簡単に分かるようになった。よって検索によりすぐ求めている図書の発見が可能になった。NACSIS-CAT成立以前は他の図書館の検索ができず現地に行かなければならなかったので、機能は飛躍的に便利になった。
四つ目は、多言語対応である。これまで共存不可能だった文字コードが、UCSの利用により複数の言語で共存できるようになり、目録登録がしやすくなった。
このような目録作業においての利点が、分担目録の意義となる。

FRBR

FRBRとは、1997年にIFLAによって発表され、目録規則の見直しをするための基礎となるものである。そして、書誌データ利用者の検索要求に応え、求めている情報を正確に得られるようにするため、書誌レコードにはどのようなデータが必要でどんな役割があるのかについて要件を考察している。
FRBRの特徴は、書誌レコードの要件が「実態関連モデル」によって示されていることである。書誌データ利用者が関心を持つと思われる対象を、ここでは「実態」としている。「実態関連モデル」を用いることによって、書誌レコードのそれぞれの要件への関連が枠組みを持っていることが示される。
「実態」とは具体的に3つのグループに分けられる。一つ目のグループは、知的・芸術的活動の成果である。二つ目のグループは、一つ目のグループの内容や制作・頒布、管理の責任である。三つ目のグループは、概念、物、出来事、場所という四つの実体がある。
一つ目のグループでは、さらに著作、表現形、体現形、個別資料という四つの実体がある。著作とは、抽象的で文字や映像に表現されていないもので、『 ハリーポッターと賢者の石』というように漠然と作品を指し示すものである。表現形は、著作が言語や版で特定されたものである。体現形は、表現形が何らかの媒体に具体化したものである。こうして著作から順次具体化されることによって、一点一点の資料を示す個別資料に行き着くのである。
こうして利用者の関心の細部をモデル化することで、資料を発見しやすい目録を作り出すことができるようにするのがFRBRに期待されるメリットである。

参考文献
上田修一 蟹瀬智弘著 『 RDA入門 目録規則の新たな展開』2014.公益社団法人日本図書館協会
志保田務編 『 情報資源組織論〔第2版〕ーよりよい情報アクセスを支える技とシステムー』2014.株式会社ミネルヴァ書房
田窪直規編著『改訂 情報資源組織論』2011.株式会社樹村房

しひょう

評価指標のタイプには、インプット指標、アウトプット指標、プロセス指標がある。
インプット指標とは、蔵書数、購入タイトル数、座席数、スタッフ数などの図書館サービスの体制である。実際にどれだけの環境が整えられているのかを知ることができるのがこの指標の長所である。しかし、このインプット指標は「使われるかもしれない」という利用の可能性を示しているだけで、たとえ蔵書がたくさんあったとしても、利用者が求めているものが無いという可能性もある。ここがインプット指標の短所である。
アウトプット指標は、インプット指標の短所をカバーすることができる。アウトプット指標はレファレンス件数や貸出数、ILL利用件数など、実際に図書館のサービスが利用されたという成果を見ることができるので、評価指標としてはインプット指標よりも上である。これが長所である。アウトプット指標に欠けているものは、まず効率性である。同じアウトプット(量)に対してどれだけのコストがかかったのかについては把握できない。例えば100万冊を貸し出すのにスタッフは20人より10人の方が効率が良いことになる。これは重要な評価対象である。次に、比較可能性である。貸出冊数が単に多いというだけでは評価はできない。なぜなら、貸出冊数だけ見たらA市の方が勝っていたとしても、スタッフ1人あたりの効率で見てみるとB市の方がよいということがある。そしてさらに市の人口一人当たりで見ると、やはりA市の方が評価がよいということもある。この場合、どの結果を重視するべきなのかが難しい問題になる。これらがアウトプット指標の短所である。
プロセス指標とは、一日当たりの目録処理冊数や担当者一人当たりのレファレンス処理件数など、効率を表す量を知ることができる、無駄の少なさに関する指標である。ここではアウトプット指標の短所である効率性をカバーすることができるという部分が長所である。しかし、プロセス指標をもってしても、利用者の満足度が分からないというところが短所である。

ちょさっけん

著作権法は、文化の発展のために設けられたもので、それには権利制限がある。制限規定された権利の範囲外では著作物の自由な利用が認められており、権利の範囲内では著作者の許諾がなければならない。
図書館等における複製は、著作権法第31条によって、図書館のもつ公正性により著作権者の権利を一部制限しているので許諾の要なく複製をすることが可能である。
31条においては、図書等の資料を公衆の利用を目的とする図書館その他の施設で政令が定めているものである公立図書館や大学図書館等では、営利目的でなく、図書館等で所蔵している資料であれば以下の条件で図書館等の資料の複製が可能である。一つ目の条件は、「図書館等の利用者の求めに応じ、その調査研究の用に供するために、公表された著作物の一部分(発行後相当期間を経過した定期刊行物に掲載された個個の著作物にあつては、その全部)の複製物を一人につき一部提供する場合」である。公表された著作物の一部分とは、半分を超えない範囲であると指定されている。定期刊行物に関しては、発行後相当日数とは次の号が出るまでと言い換えることができ、通常の販売経路による入手が困難となった場合に定期刊行物の中の個々の記事・論文が丸ごと複製可能となる。この時、雑誌が一冊全て複製可能というわけではないので注意が必要である。
二つ目の条件は、「図書館資料の保存のため必要がある場合」である。長年使っていると、紙の媒体は汚れや破損等ができるので、その汚損が激しい資料に限っては複製が可能である。
三つ目の条件は、「他の図書館等の求めに応じ、絶版その他これに準ずる理由により一般に入手することが困難な図書館資料の複製物を提供する場合」である。
また、38条ではこちらも著作制限により、営利を目的としない場合においては映像資料の複製物の貸与が可能であるが、映画の著作物においては別である。補償金の支払いが必要で、著作権法施行令によって映像の著作物の複製物の貸与が認められる施設は定められている。その中で、図書館での複製は公共図書館では認められている。大学図書館では許諾があれば認められることになっている。

障害者

障害者サービスのあり方は、現在では多くの図書館で改善してきていると考えられる。特に最近建てられたばかりの図書館や、これから建てる予定の図書館はより徹底して全ての人に利用しやすい環境作りがなされていくと考える。しかし一方で、昔に建てられた図書館は引き続きユニバーサルデザインには向かない建物のあり方で存在し続けている所も多く見受けられる。必要な場所に新たに図書館を建てることや、カフェの併設といった利用環境の向上も良いことだが、既存の図書館を障害のある方でも利用できるように改善することも必要である。
なぜなら、図書館は満遍なく私たちの住む街に建てられており、近場の図書館がバリアフリーでなかったために別の図書館に行こうとすると、遠くまで移動しなければならなくなる。その障害者の方がもし足が不自由であれば、この長距離の移動はとても大変なものになる。私が出会った最も障害のある図書館は、エレベーターやエスカレーター無しの二階建ての図書館である。本のある場所にすら辿り着けないのはかなり重度の問題であると考える。
こうした改善の必要の大きさを考慮しながら、今一番しなければならない部分に障害者サービスを取り入れるように資金を回していかなければならないと感じた。

としょとしょ

古代では、資料機能としては王権と宗教との結びつきが強かったため、王権と結びついた行政的・経済的文書や宗教と結びついた神話・王室の年代記、儀式書や暦、死者の書などが存在していた。エブラ遺跡ではさらに日常生活に含まれる様々な記録も残されていた。この頃のメディアは粘土板や石である。これらが保管されていた文書館・図書館は、利用しやすいように内容ごとに整理していた。古代ギリシアでは「知識人」の発達により彼らの知的欲求が図書館を作り出した。また知識の伝達は口承が重んじられてきたが、やがてパピルス等に書き写され、写本が流通していった。アレクサンドリア図書館では、資料の生産・再生産と保存が行われていた。資料収集のための文献購入や写本作りが活発であった。そして新しい情報の収集や提供等の学術図書館としての機能の原型も作り上げた。またこの頃、カリマコスによってピナケス(蔵書目録)という書誌が完成した。これが目録の始まりである。古代ローマのヘレニズム時代のギリシア思想に関する書物を高く評価して、写本として増やし、保存して利用できるように図書館の数が増やされた。また知識の集約と体系化も行われ、百科事典が誕生した。この頃の図書館は個人の蔵書によるものだったが、紀元2世紀には、一部の人々に限定されて図書館の公開が行われるようになった。キリスト教の図書館は、礼拝堂のコレクション、個人の蔵書、神学校の資料室という3つの働きがあった。パピルスの写本が痛みやすかったので、より保存のきく羊皮紙へと写本し直されるようになった。ローマ教皇の図書館は聖書や著作を保存していた。古代中国では、後世に残すべき真正なテキストをはっきりさせるため劉向によって図書の校訂と整理が行われた。そして真正なテキストにはタイトルと叙録をつけ、叙録を集めて別録が作られた。叙録をもとに七略という図書目録も作られた。
中世では、まだ写本によって本が作られていた。マアムーンでは知恵の館という呼び方をされた図書館で、哲学書や数学書、天文学書、医学書等が翻訳され、人々の学びが助けられた。ヨーロッパ中世では大学が誕生し、それにより教師と学生の学びのため図書が必要となり、写本業者が発展した。多くの場合、一冊の図書を分冊して借りて写す方法がとられた。ソルボンヌ学寮の図書館では1289年から図書を青見台鎖止めして禁帯出の図書と帯出用の図書の分離という ことが行われるようになった。そして蔵書は寄贈した人物名や日付または購入日が記載された目録が付けられるようになった。後にできた大学や学寮の図書館はこの禁帯出の方法を採用するようになる。中世中国では、唐で『郡書四部録』という目録が作られた。この随唐の時代では木板印刷が登場し定本の確定、標準字体(楷書)の整備が行われた。印刷によって多くの図書が出回るようになり、知識の伝播がなされた。

次に近世の図書館である。15世紀のヨーロッパでは、これまで写本だったものが活版印刷に変わっていった。これにより大量生産が可能になり、様々な分野で書誌(目録)が作られた。ゲスナーの『世界書誌』は有名で、記述目録の始まりである。書物について記述することが検索目録発展の基礎となった。そしてドイツを中心に大学図書館が発達した。17世紀のフランスではノーデという人物が学術的価値のある図書の収集を広く行い、その図書をもとに
マザラン図書館が作られた。ノーデはこの図書館を一般利用者へも公開した。ゲッチンゲン大学図書館においては主題目録が作られた。全ての主題が一定の場所で見つけりるので、あらゆる科学の普遍的体系がよく把握できるようになった。会員制図書館や貸本屋が現れたのもこの頃で、貸本屋では新聞や雑誌に新着図書情報を載せるといった報知機能がつくようになった。
近代の図書館は、国民国家=近代社会の成立により、国の文化制度を保障する措置としての役割を持つようになる。図書館の利用者は識字率の上昇に伴い飛躍的に増大した。そして、市民大学の登場により大学図書館も発展した。近代図書館の最大の特徴は近代公共図書館の登場にある。学校制度の拡充により読者の視野は拡大し、全世紀の私的な設書施設が公的な読書施設も生むことになった。アメリカの図書館協会は『ライブラリー・ジャーナル』という図書館雑誌を刊行し、図書館員の経験と発表の場としての使用や情報交流を可能にした。1876年には『十進分類法』がデューイによって作られ、より使いやすい分類法として広く採用された。また、ウスター公共図書館のグリーンによって、レファレンス・サービスの起源である人的援助のサービスが始まった。1887年には図書館学校が開設され、女性の図書館員増大にもなった。また中国でも、西洋から鉛活字印刷術が伝わり、機械での大量印刷が可能になった。中国で最初の公共図書館1903年に設立され、大学図書館は1902年の京師学堂が最も早くできたものだった。

考察
図書館司書はもともと男性だけがなっていたものであったというのは、男性が強い社会の傾向で女性の教養が男性より不十分であったという環境によるものだということは理解できる。しかしそれだけではなく、古代においてはメディアは石や粘土板であったことを考えると、その頃は力のある者が司書に向いていて、故に男性が本の管理を行っていたのではないかということも考えられた。
図書館の機能がこれだけ発達してきたのは、人間の学ぶ意欲が古来から変わらずずっと存在し続けているからなのだと推測できる。
そして、個人の学びのためだけではなく他者の学びも支援したいという個人の善意も図書館の歴史の中で感じられた。個人から図書館への図書の寄贈や、カーネギーによる公共図書館設立、女性司書教育等である。これらの善意による活動が、今日の我々の図書館の成立の一端を担っていたことは、誇るべき歴史であると考える。
一見関わりはあまり無いように思われたが、図書と宗教の繋がりは密接であった。その宗教の教えを広めるためには聖書やコーランといったものが、複数存在していなければならず、これらを写本するとなると想像を絶するほど途方もない作業であったことが考えられる。写本から印刷に変わるというメディアの変遷の中で、図書館の発展のみならず宗教活動の規模の拡大もなされてきたということが考えられた。
昔は個人の図書館の方が一般的であったが、現在は公共の図書館の方が多く存在していると感じる。現在でも個人的な図書館が存在しているのだろうかという点は気になったので、今後機会があれば調べてみたい。

参考文献
藤野幸雄著 『図書館史・総説』1999.勉誠出版株式会社
寺田光考.加藤三郎.村越貴代美著 『図書及び図書館史』1999.株式会社樹村房
モーリーン・サワ著.宮木陽子.小谷正子訳『本と図書館の歴史』2010.西村書店
小黒浩司編『図書・図書館史』2000.公益社団法人日本図書館協会